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和歌山地方裁判所 昭和63年(ワ)235号 判決 1990年8月17日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、五三一三万六三〇九円及びこれに対する昭和六二年一二月六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は佐々木昌弘が被告の設置する鉄道用踏切道を普通貨物自動車を運転して横断しようとしたところ同所にさしかかった電車と衝突して死亡したことにより、その相続人である原告が、右踏切道には設置・保存上の瑕疵があるとして民法七一七条一項に基づき損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  本件事故の発生

佐々木昌弘(以下「昌弘」という)は、昭和六二年一二月六日午前八時五〇分ころ、出勤のため普通貨物自動車(ダイハツリーザZ)を運転して、和歌山市松島二四三番地の一JR和歌山線松島農道踏切(以下「本件踏切」という)を南から北へ横断中、東方から進行してきたJR五条発和歌山行普通電車にはね飛ばされ、さらに約三五〇メートル引きずられて、脳挫傷頭蓋骨骨折で即死した(以下「本件事故」という)。

2  本件踏切は被告の所有にかかるものであり、当時の状況は別紙図面のとおりであって警報機、遮断機の設置がされていない。

3  原告は昌弘の相続人である(<証拠>)。

二  争点

1  本件踏切には設置・保存上の瑕疵があるか否か。

原告は、本件踏切が本件事故当時、次のような状況にあったにもかかわらず、本件踏切に列車の接近を知らせるべき保安設備として警報機、遮断機の設置が欠缺していたことは土地の工作物の設置・保存上の瑕疵に該当すると主張した。

(一) 本件踏切南側には停止線が設けられているが、東方約七〇メートルのところには線路敷に近接して農具小屋が建っており、さらにその東方には阪和自動車道の高架が架かっているので、停止線で自動車を一旦停止してみても、東方から運行してくる電車は、ちょうど阪和自動車道の高架が農具小屋の背景になって見えるため、実際には農具小屋前を電車が通過して姿を現わした後でなければその姿を確認することができない。

したがって、本件踏切に南から差し掛かった自動車通行者は、本件踏切内でなければ電車の運行の有無を確認することが不可能な状態にあった。

(二) JR和歌山線普通電車は、通常本件踏切附近を時速約八五キロメートルで通過していたから、農具小屋前を通過した電車は約三秒で本件踏切に到達する。

一方、本件踏切は幅が二メートル程度しかなく、続く道路が踏切北端から東側方向にほぼ直角に近い形で曲がっているため、南から北へ横断する車両は、特に踏切上で速度を落とさなければ渡ることができない。そうすると、自動車で本件踏切を通行するには五~七秒を要することとなるため、停止線で自動車を停止し電車が来ていないことを確認して後に発進しても電車の到達前に本件踏切を渡り切ることは不可能である。

(三) 本件踏切は、昭和六一年五月と昭和六二年四月に死亡事故がおきている他、昭和五六年以降本件事故まで四件の事故が起きていて、従来から危険性が指摘されてきた。

(四) 本件事故後、被告は、本件踏切の幅を広げるとともに警報機、遮断機の設置をした。被告が自ら本件踏切の設置・保存に重大な瑕疵があったことを認めたからである。

2  損害額

第三  争点に対する判断

一  本件踏切の設置・保存上の瑕疵について

1  当事者間に争いのない事実並びに証拠(<省略>)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 本件事故現場は東西に通じるJR和歌山線の軌道と南北に通じる幅員約二メートルのアスファルト舗装の工業用水路管理道路とがほぼ直角で交差するJR和歌山線の田井ノ瀬駅と和歌山駅間にある通称松島農道踏切と呼ばれる踏切道内で、右踏切道の長さは約九・七メートルである。

(二) 本件事故当時、本件踏切の南側には黒と黄色の斜線が塗られた踏切注意柵が両側に設置されていた。そして、右柵には黄色地で「危い(白)一時停止、列車は右から左から(黒)」と、左柵には黄色地で「危い(白)一時停止(黒)」と書かれた標識が設置されていた。

そして、右注意柵の西側に南から北へ横断する車両用に東側の列車を見通すためのミラー一個と北から南へ横断する車両用に東側の列車を見通すためのミラー一個が設置されていた。

なお、本件踏切は、車幅一・三メートル以下のものを除く車両の通行が禁止される規制が行われている。(本件踏切の状況、位置関係及びその他の標識、注意看板は別紙図面のとおりである。)

(三) 本件踏切の東側軌道は二五〇メートル以上に亘って直線であり、東から西へ進行する電車から本件踏切の見通しは極めて良好である。

本件踏切の周囲は北東角から軌道沿い約二〇メートルに空地があり続いて軌道沿いに工場が約五〇メートルに亘って並んでいるがその東側は田となり、南側は一面田が広がっている。そして、右田の本件踏切東方約七〇メートルのところには線路敷に近接してトタン葺で囲いのない柱だけの農具小屋が建っており、さらに、本件踏切の東方約一九九メートルの位置に通称栗栖出島踏切が設置され、本件踏切の東方二〇〇メートルの位置にJR和歌山線の軌道と交差して阪和自動車道の高架が架かっている。

(四) 本件踏切南側には軌道南側レールから四~五メートルの位置に停止線が設けられていて、自動車で本件踏切を通過するにあたり右停止線の直前で停止しかつ左右の電車の運行を確認し安全であることを確認して進行することが道路交通法上義務付けられている。自動車通行者が右停止線で自動車を停止した場合に運転席の位置から東方を見ると、ちょうど農具小屋の背景に阪和自動車道の高架下を見ることになるが、東方から西進してくる電車については農具小屋の向かって左側に高架下を通過する電車先頭車両の進行方向右側上部を確認することができ、右停止線から東方への見通し距離は約一八〇~一九〇メートルである。

(五) JR和歌山線普通電車は、通常本件踏切附近を時速約八五キロメートル(秒速約二三・六メートル)で通過していたから、右確認できる約一八〇~一九〇メートルの地点を通過した電車が本件踏切の中心地点に到達するのに要する時間は約七~八秒である。

一方、昌弘が乗っていたのと同程度の自動車を使用した場合、右停止線上で一旦停止した上で発進して本件踏切の横断を完了するまでに要する時間は通常四秒程度である。

そうすると、自動車通行者が右東方約一八〇~一九〇メートルの地点に電車を確認してから本件踏切を横断しても、電車が到達するまでに渡り切れるだけの時間的余裕があることになる。

(六) JR和歌山線は単線で、本件事故当時の電車運行の回数は一時間に上、下線合わせて三、四本程度しかなかったし(当時の公刊物たる時刻表により明らか)、本件踏切を通行する車両も少なく、数一〇分に数台程度であった。

(七) 本件踏切では昭和四五年五月に、本件事故と同じ態様の本件踏切の南から進行した自動車が東から西へ進行した列車と衝突した事故が発生している。

(八) 本件事故前の具体的な状況であるが、衝突した電車の運転手畑中は電車を運転して田井ノ瀬駅を出発して和歌山駅に向かい本件踏切の手前約二五〇メートルの地点で長緩警笛を鳴らしながら時速約八五キロメートルで進行し、本件踏切の手前約一五〇~二〇〇メートルに差し掛かったところ、左手前方に昌弘運転の普通貨物自動車が本件踏切に向かっているのを認め(本件踏切の停止線の手前約三〇メートル附近)、警笛を吹鳴した。畑中は右自動車が減速して止まりかけていたので停止するものと判断したが、前方約六〇メートルに右自動車が本件踏切に進入してくるのを発見し、直ちに非常警笛を吹鳴し非常ブレーキの措置を採ったが間に合わず本件事故が発生した。

2  ところで、踏切における軌道施設に警報機、遮断機の保安設備を欠くことが、工作物としての軌道施設の設置瑕疵に該当するか否かは、当該踏切における見通しの良否、交通量、通過する列車回数等の具体的状況を総合して、列車運行の確保と道路交通の安全とを調整すべき踏切設置の趣旨を満たすに足りるものといえるかどうかという観点から定められなければならない。

3  この観点から本件について検討するに、前認定の諸事情のもとにおいては、本件踏切は、前記の踏切注意柵、標識が設置されている以上、運行する列車と横断しようとする人や車との接触による事故を生ずる危険が少なくない状況にあるとまでは認められず、列車運行の確保と道路交通の安全との調整という踏切としての本来の機能を全うしているものというべきであり、しかも、自動車通行者は本件踏切南側停止線付近でその東方約一八〇~一九〇メートルの地点に電車を認識しうるのであるから、通行者において電車通過につき通常の注意を払いさえすれば、事故の発生は十分に防止することができる。

そして、前記認定事情のもとでは、昌弘が前記停止線で一旦停止したが東方から西進する右電車の確認を怠ったか、確認を一応したがまだ渡れるものと判断を誤って横断しかけたことが本件事故の原因と窺える状況にあって、通常の注意を払っていれば電車を確認し本件事故の発生を未然に防止できたものというほかはなく、結局、事故の原因が本件踏切の踏切警報機、遮断機等の保安設備の設置欠缺にあるということはできない。

なお、検証の結果によれば、原告の主張するように本件事故後、本件踏切に警報機、遮断機が設置されたことが認められるが(その設置事情については明確でない)、そのことによって前示判断が左右されるものではない。

4  以上のとおり、土地の工作物である本件踏切道における軌道施設に設置・保存上の瑕疵があるものとは認められない。

二  よって、その余の点を判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がない。

(裁判官 安藤裕子)

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